8月3日(日)の主日は、ガブリ神父様が教会学校の夏期キャンプで不在のため、ミサは行われず、「集会祭儀」が行われます(午前9時開始。午前11時にはありません。)。
信徒の皆様は、赤堤教会の「集会祭儀」に参加するかわりに、近隣の教会のミサにあずかることも出来ます。どちらをお選びになっても結構です。
8月3日(日)の主日は、ガブリ神父様が教会学校の夏期キャンプで不在のため、ミサは行われず、「集会祭儀」が行われます(午前9時開始。午前11時にはありません。)。
信徒の皆様は、赤堤教会の「集会祭儀」に参加するかわりに、近隣の教会のミサにあずかることも出来ます。どちらをお選びになっても結構です。
<ダイジェスト>
「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ないところに落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、よい土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい」(マタイによる福音書 第13章3-9)
今日のマタイの福音書で引用されているイザヤの言葉も、私が聖書のなかで好きな言葉です。(「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」)
私たちは神の言葉を聞きますが、それで本当に、実りをもたらすことができるでしょうか。ミサで、私たちは神の言葉を聞きますが、それが信仰者としての栄養になるでしょうか。教会を出たらもうおしまい、ということになってしまわないでしょうか。
私も同じです。ミサの説教を一所懸命に準備して、ミサが終わったら、あー終わったなあ、良かったなあ、あとは来週やろう…と。それで終わってしまうようなことですね。
しかし、ミサで聞いた言葉は、自分でも知らないうちに、私たちの一週間の支えになっていると思います。
これから3週続けて、マタイのたとえ話を読みます。
マタイの7つのたとえ話は、神の国の存在と、神の国の成長について話をしたかった。
イエスは、もしかしたら、なかなか理解しない弟子たちと一般のひとたちのために、たとえ話をしたのかも知れません。
さっき朗読した個所ですが、おなじことを何度もくりかえして、みんながびっくりしないかなと思っていました。神父様、何回も同じことを話して、今日はおかしくなっちゃったって思われたのではないかと(笑)。
種をまく人が種をまきに出て行った。
種をまく人が出ていかないと、何にもならないです。
畑の前にすわっていても、野菜はうまれないし、育ちません。
ほんとうに作物をつくるときは、土をととのえ、うねをつくり、ビニールシートをしいたりします。
種をまくひとは、信頼をもって、よく実るように期待します。
ですから、大事なのは種をまくこと。
神の言葉を聞いて、私たちも出て行きましょう。
あの人、まだ聖書の話を聞いてくださる状況じゃないかも知れないと思うこともあるでしょう。でも、その人の状況を考えるよりも、きょうのイエスの言葉を聞いて、先に種をまきましょう。実らせるかどうかは、その人次第です。
イエスが天国から来たとき、人間が受け入れる状況だから来たわけではありません。それでも、イエスが私たちの間に生まれ、私たちの間を歩いた。もちろん、イエスの実りとなったところは大喜びです。イエスが種をまいた人は、私たちの先輩です。
種は、知らないうちに実ります。
ですから、私たちも同じようにまきましょう。
パウロが言うように、そのなかでは苦しみがあるかも知れません。
でも、その苦しみをこえて、実ります。
こころのなかにまかれた種にも感謝しましょう。
親から、友人知人から聞いたことを思い出して、
心をひとつにして感謝しましょう。
今週は精いっぱい種をまきましょう。
力のないときは、神様の力を借りて、まきましょう。
(洗礼者ヨハネの説教より)
6月29日(日)は「聖ペトロ 聖パウロ使徒」の祝日。ガブリ神父様によると、以前、司祭の叙階はほとんどがこの日に行われていたそうです。聖ペトロと聖パウロは、その後の信仰の礎を築いた使徒。その教えを受け継ぎ、真理を世界にあかしすることができるように、という意味が込められています。
さて、この日の主日ミサのなかで、ボーイスカウト隊員で宗教章(キリスト教章)を志望する高校生のあいさつがありました。赤堤教会と碑文谷教会のボーイスカウトから計4名が登壇し、簡単な自己紹介と宗教章を志望する理由を話してくれました。
理由は、「宗教章は目立ってかっこいい」「ボーイスカウト創立者の考えにつながるから、もっとよく知りたい」「イエス・キリストを信じれば、自分たちの生命は死んだら終いではなく、神様とともに永遠につづくようになる。もっと勉強したい」などなど、若者らしく、元気に考えを述べていただきました。
そして、4名といっしょに登場したのがロワゼール神父様(写真下)!この4月に赤堤教会から仙台教区に異動された後、カナダに少し帰国されていたそうですが、たいへん元気そうでした。そして、ボーイスカウトの若者たちが宗教章について述べる姿をたのもしげに眺めていらっしゃいました。
※訂正:本サイトでバザーの日を7月5日(日)と誤って表示していましたが正しくは7月6日(日)です。訂正させていただきました。
カトリック赤堤教会の教会学校が、今年もミニバザーを開催します。ご家族、ご友人をお誘いあわせのうえご来場ください。皆様のお越しをお待ちしております。
日時: 7月6日(日)午前10時から午後2時まで。
場所: カトリック赤堤教会(駐車場はありません)
販売(予定):リサイクル衣類(子供用 大人用)、 雑貨(食器、タオル、バッグ等)、手芸品、子供のおもちゃ
ゲーム:子供向けゲーム
軽 食:カレー、ドリンク類他(メニューは変更の可能性があります)
カトリック赤堤教会の主日ミサは、夏期の2か月間(7月および8月)、ミサが一日一回となります。毎週日曜日、午前9時からミサが行われ、午前11時のミサは行われません。
9月からは平常通り午前9時と11時の2回のミサが行われる予定です。
<ダイジェスト>
みなさんは、わたしたちの神について、他の人から聞かれたらどう説明しますか。
神父様やシスターから聞いたことを伝えることはできますが、
自分自身の体験で、自分の神はどういう神か。これは、なかなか言葉になりません。
でも、そういうときは神様が助けてくれます。
今日の朗読の中に、素晴らしい神様の姿があります。
あわれみ深く、恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ちた者。(出エジプト記34-4)
ときどき人から次のように言われます。
わたしはだめです、すごく悪いことをした、許されません。
そのとき思い出しましょう。
あわれみ深い神様
恵みに富む神様
忍耐強い神様
慈しみ深い神様
わたしたちより、忍耐強いです。
人間などより、はるかにあわれみ深い方です。
ただ聖書の言葉としてではなく、信仰生活の中で体験したさまざまなことを、
自分の体験として他の方にお話しすれば、パウロの言うように
私たちの生き方が変わっていくと思います。
よろこびをもって、平和をもって、生きる者になります。
神様は、愛と平和の神です。
神はそのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
これ以上の愛の物語はありません。
三位一体(さんみいったい)というのは、愛の物語といえばいいのです。
わたしたちと神様、イエス・キリストのつながりは愛のつながりです。
神秘というのは、「理解できないもの」とわたしは子供のころに教わりました。
しかし、「理解できない」というより、深めていくものです。
わたしの父は牧場の仕事を朝から晩までしていました。
大勢の人が働いていましたが、感謝の気持ちを表さないひとでした。
母はそんな父に、ちゃんと感謝してくださいとよく言っていました。
母が先立ち、10年は父は独り暮らし。
父は試行錯誤して、母の味を真似て料理を作り始めました。
母の味をつくり、以前のように家族になりたいと思ったのでしょう。
それで、だんだんと父は変わっていったのです。
晩年、施設に入ってからは、ほとんど感謝の言葉ばかりでした。
私たちにとっては、まったく新しい父になっていました。
同じように、神秘もひとりひとりが、少しずつ深めるもの。
神様も、深めていくものです。
わたしたちがついていくイエスが、どういうお方か
少しずつ深めていきましょう。
ガブリ神父様が約1か月の休暇を終えて、赤堤教会に戻っていらっしゃいました。カムバック後、第一回のミサとなる本日は、子どもとともに捧げるミサ。そして、聖霊降臨の主日でもあります。このおめでたい日に、神父様がご用意されたのは、なんと「アメっこ」(飴)でした。カナダのお土産として、メープルシロップ入りのおいしいアメを、ミサでお配りになりました。
「ミサでご聖体をいただくのは、初聖体が済んだ人だけです。それ以外の人は何ももらえない。ちょっとさびしいなとずっと思っていましたから、今日は特別ですよ。あと、大人の人にもありますから安心してくださいね(笑)」(ガブリ神父様)
思いがけないプレゼントに喜びつつ、カナダから帰国された神父様とともにミサで神に感謝をささげました。そして、聖霊の働きがみんなのうえにあるように祈りました。
ローマ教皇フランシスコが5月24日から26日まで、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルを訪問されました。随行団には、教皇様がブエノスアイレス大司教時代から親しい、アルゼンチンのユダヤ教ラビ・アブラハム・スコルカ氏と同国の諸宗教対話研究所の事務局長であるイスラム教指導者オマル・アッブード氏の2人が参加。最初から、エキュメニカルな姿勢を強く打ち出しました。
日程は以下の通りです。
24日 ヨルダン アブドゥッラー2世国王らと会見。
25日 パレスチナのベツレヘムでマフムード・アッバス大統領を訪問。バチカン大使館でコンスタンティノポリス総主教バルトロメオス1世と会見。
26日 総主教バルトロメオス1世と聖墳墓教会で共に祈り。 エルサレムのイスラム指導者グランド・ムフティと合流、岩のドーム訪問。ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」で祈り。
超過密スケジュールで各宗教、各国の代表者と会見されたわけですが、教皇様のこの精力的で、分け隔てのない、各派の代表者への働きかけは何を意味するのでしょうか。
もちろん答えはひとつではありませんが、本日のごミサで聞いたラべ神父様のお説教がヒントになると感じました。
苦しんで知る人、困っている人のために何かをするとき、その人には神が送られた聖霊がやどり、その人の手と足は神のために使われるということです。
具体的には、中東で長引くパレスチナとイスラエルの対立問題の解決のために、ご尽力されているのだと思います。もちろん、この問題は数十年にわたり解決が出来なかったことであります。しかし、あえて解決の糸口をさがしておられるのでしょう。
普通に考えると出来ないことでも、神の御心に沿うことをするならば、神は私たちに勇気と力を与えて下さいます。そして、それを私たちに伝えるための聖霊を送ってくださいます。
教皇様のお示しになったことを、聖霊降臨の祝日(6月8日)に続くものとして、受け止めたいと思います。ラべ神父様のお説教にもありましたように、教皇様の御働きが、実際に苦しむ人たちの生活の改善につながるように祈りましょう。父と子と聖霊によってアーメン。
5月25日(日)は赤堤教会の大掃除を行いました。多くの皆様にお手伝いをいただき、聖堂、泣き部屋、香部屋、地下会議室などのガラス拭き、テーブル吹き、掃除機がけ等を行いました。
時間は10時過ぎから開始、11時のミサ時間中は音を立てないように一部ペースダウン。その後、12時過ぎまで続きました。
教会の掃除は毎週行われています。ボーイスカウト、ガールスカウト、信徒の各担当地区が週替わりで行っています。しかしながら、ガラスや床などは、大掃除のようにまとまった時間をとらないと出来ないものです。今年も皆様のご協力により「いつも気持ちのいい教会」を保つことが出来ました。
今回参加された皆様、お疲れ様でした。今回できなかった皆様、ぜひ次はいっしょにお掃除しましょう。お気軽にご参加くださいね。(男性の方、不足しています!)
地下会議室のガラス掃除の風景
赤堤教会のホームページはFirefoxで見られますか?というご質問をいただきました。最近ではインターネットエクスプローラー(IE)の脆弱性に対して、いろいろな議論がありましたので、IE以外のインターネット閲覧ソフトをご利用の方も増えているようです。
管理人のPCにFirefoxをインストールして、教会のホームページを見てみましたが、問題ありませんでした。テキストのほか、画像や動画もFirefoxでスムーズに見られました。
↓こんな感じです。
図:Firefoxで閲覧した赤堤教会ホームページ
(実際はもっと大きいです)
Firefoxの説明: 正式名称はMozilla Firefox(モジラ ファイアフォックス)。パソコンでインターネットを使うときの閲覧ソフトの一種です。